元気塾Blog

「症状と困り感は比例しない」〇〇外来の現場

吃音外来

吃音外来という面白い科が九州大病院の中にあります。
菊池良和医師が開いた科でした。

吃音という言葉は
今でこそ、聞きなれた言葉かもしれませんが、
昔は単に「どもり」と言われていました。

実は私の父が若いころそうだったようで、
亡くなってから出てきた日記に、
そのせいでとても悩んだことが
記されていて、おどろいた記憶があります。

この菊池先生も自分が子供のころ吃音で悩み、
医者になったのも吃音を直したい、と
思ったのが最初のきっかけだ、とか。

西日本新聞で昨年から、
「吃音~リアル」というコラムを連載されていました。
楽しみに読んでいましたが、
6月29日、26回最終回でした。

とても興味深い連載で、
たくさんのことを教えられましたが、その中に、

「症状と困り感は違う」

とありました。

見た目の程度と、本人自身の困り感は
比例しない、というのです。

なるほど・・・

聞き手の無理解がある時、
はじめて、困り感が生じ始めるのだそうです。

吃音そのものをどうにかする、というよりも、
吃音があっても自信をもって成長できるための
寛容な家庭、学校、社会の存在が大切なんだ、

ということを書かれていて、

「多様性を認める令和の時代」とも書かれていました。

流暢に話せない吃音がある人、
また、場面寡黙という特定の場で話せない人、
発話に関しては、いろんな人がいる、

でもそれを「聞き手」の側が配慮していく社会、
そんなイメージが菊池先生の中にあるんだなぁと感じました。

多様化=ダイバーシティという概念は、
ビジネス社会から出た言葉だと思いますが、
今、こんなふうに様々な分野で、
多様性を受けていこうという方向性があると思います。

発達障害に関しても、
2016年の発達障害支援法では、これまで発達障害の定義において、
「発達障害によって社会生活に制限を受けるもの」
という表現だったものが、

「発達障害と社会的障壁によって社会生活に制限を受けるもの」
という表現に変わっています。

原因は社会の側にもある

つまり、本人の障害が原因だけでなく、
社会的障壁、差別や虐待、経済的生活困難など、
それらも社会生活を制限する原因だと言っているわけです。

他の障害を持つ人を含む多くのマイノリティへの人権問題と同じで、
社会の側が、個々の多様性を理解し、
受け容れてゆく姿勢の必要性を述べているとも受け取れる改正でした。

今の日本は、
もう本当に、どうしようもない、情けない部分がたくさんあるけれど、
それでも、
確実に新しい世界を作ろうと声を上げ始めている人がいる、
いえ、増えているような感じがして、ホッと心が温まる思いでした。

 

コロナが怖いのではなくコロナで差別されることが怖い、という
まさに、二次被害に加担しない自分でありたいし
そんな仲間を広げたい、と強く思っています。

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