多死社会を迎える日本
最近、死をどう考えるか、
というテーマの活動が増えてきているような気がします。
これから日本が経験する多死社会の到来、
どこで死ぬのかというのが
大きな問題としてあります。
介護難民、43万人
2025年には介護難民43万人という
恐ろしい数字を国は予測しています。
介護難民とは介護を必要とするが
介護される機会を得られない人のことです。
施設や自宅でも、介護を受けることができない状況。
これは恐ろしい状況です。
死が生活から離れ、病院のものとなってから半世紀
私たちは死を直接見なくなり、
死を遠いものにしてしまい、
死にゆく人をどう送ればいいのか
わからなくなっていると言います。
死にゆく人の見送り方を教える人々
見送り方を伝える人たちが
増えているのはそのためでしょう。
「看取り士」という言葉も
さかんに耳にするようになりました。
「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」
の著者、小沢竹俊氏が
2015年に、エンドオブライフ・ケア・協会を設立、
これも死にゆく人との寄り添い方を伝えています。
人を理解することは100%不可能、でも・・
特に
自宅で終えたい人をどう周りが支えるか、その関わり方ですね。
小沢氏は言います。
人を理解することは100%不可能、
でも相手から理解された
と思ってもらうことは可能性がある、と。
そして
その最も素晴らしい方法は傾聴である、と言います。
苦しんでいる人がほしいのは
わかってくれる存在、そのまま認めてくれる存在。
励ましや、説得や、
慰めを求めているのではない、といいます。
しんどい、しんどいを繰り返していた母に
そう、しんどいの・・・
うん、しんどいね・・・
と相づちを打つだけだった日々、
それでも何度か母は
しんどいと言えて、ただそれを聞いてくれる人がいるって、いいね、
と言ってたのを思い出します。
聴き続けるため必要なものは肺活量
人はどこまでいっても聴かれたい生き物なんだなぁ、
伝えて、受け止められたい
そういう生き物なんだ、と改めて思います。
しかし死を前にした人の
苦しみ、哀しみ、辛さを受け止めるには
本当に大きな「肺活量」が必要です。
肺活量、つまりはキャパの大きさ。
逃げずにそばにいてその人の苦しみ、哀しみ、辛さを
ただ、聴いて受け止める力。
肺活量を鍛えることは
寄り添う人に求められる
究極の力かもしれません。
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