どうして集中できないんだろう、
と、ひとり言をつぶやくことはありませんか?
せっかく新しい本を購入したのに、
読み始めてわずか数ページで
なんだか急に気が離れて、
ま、明日でいいか、とか
パタンと本を閉じてしまう、
新しい講座の資料を集め、
構成を考え、企画書を作る、
今週中には仕上げないといけない、
分かっているのに、
いざ、パソコンに向かうと、
別のタスクをやり始めたり、
どうしてこう、集中できないんだろう、
と、思ったりします。
そんなこと、ありませんか?
私の師匠は、その「問い」が
間違っている、と言います。
「なぜ集中できないか」
ではなく、
「何が集中を妨げているのか」
と、問うべきだと言うのです。
集中している状態がディフォルトなのだ、
集中できないんだとしたら、
何かが集中を邪魔している、
その邪魔ものを取り除けば
集中できる状態がすぐ戻ってくる、と。
うーん、
なるほど、と唸ってしまいました。
私たちは無意識に
様々な思い込み、無意識の前提を持ち
その上でいろいろなことを考えます。
集中力とは、ある人とない人がいるとか、
集中力とは努力して得られるものだ、とか、
そんな思い込みがあることに気づきます。
集中力は誰にでも、あるのがディフォルトだ、
そんな前提はどこから出てくるのか、
ドキッとしました。
子どもがゲームに熱中している時、
虫好き少年が、何時間でも虫を眺めている時、
友達と遊んでいることが楽しくて
夕飯時になっても帰れなかった昔、
いくらでも、集中がディフォルトだった例を
私たちは見聞きし、自分でも体験しているはずなのに、
いつの間にか、私たちは、
「なぜ集中できないんだろう」と
まるで、昔100メーター走を13秒で走れたのに、
今はぜんぜん、走れない、
加齢とともに、
筋肉が衰えたからだ、と言う感じで、
集中力という言葉を使っているようです。
あ、筋肉と同じように、
集中力も年と共に衰える、という思い込みもあるかも。
では、何が集中力を邪魔しているんですか?
師匠は
「ねばならない意識だ」と言いました。
大人になるほど、
仕事はしなければいけない、
片付けや掃除もしなければならない、
〇〇のために、これをしなければならない、
そう思った瞬間、
集中力は出てこなくなる、
だから、その「ねばならない」を
どうやって「やりたい」に変えるか、
それがヒントなのだそうです。
なるほど・・・・
あとは自分で考えろと言われ、
しばらく考え込んでしまいました。
あなたはどう思いますか?
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