『「偶然」はどのようにあなたをつくるのか』
ブライアン・クラース(著)2025年9月
この本は、いきなり日本における
原爆投下の話から始まります。
京都ではなく、広島に、
小倉ではなく、長崎に
原爆が投下された偶然について。
京都は、終戦の19年も前に
都ホテルに泊まったスティムソンという人によって、
小倉は、偶然の天候によって、
原爆投下を免れたのでした。
「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」
という本があります。
2006年に本屋大賞を受賞、
テレビドラマ化もされた名作です。
そのなかに、
「小倉が晴れとったら、
あんたは生まれとらんかったかもしれんばい」
というオカンの語る言葉があります。
偶然の天候によって、小倉は難を逃れ、
その代わりに長崎は死者7万人を出したのです。
広島も同じですね、
京都は、一人のアメリカ人のお陰で難を逃れ、
その代わり、広島では14万人が亡くなりました。
まさに「偶然」がそういうことを行ったのです。
バタフライエフェクトという話があります。
ご存じですか?
ブラジルの蝶の羽ばたきが
アメリカで竜巻を起こす、というたとえが有名ですが、
ほんの些細な出来事が、時間経過とともに
予測不能な巨大な変化をもたらす現象のことで、
カオス理論と言われています。
それぞれの人生は、全く偶然によって作られていく、
それは空恐ろしいことでもありますが、
今、ここに生きている私たちは、
その膨大な偶然の間隙を潜り抜けて
生きているわけです。
交通事故を起こした時、
それが小さな接触事故であっても、
なんであと1秒、遅くこの交差点に着いてなかったのか、
なぜ1秒早く、ブレーキを踏めなかったのか、
ものすごい偶然性に驚かされます。
もちろん、よく言われるように、
父と母が出会ったこと、
そしてある日、父の精子が母の胎内に入り、
しかもその中の一匹の精子が卵子と結び、
そして私が生まれたわけで、
もしも、結ばれたのがとなりの精子だったら、
私ではない、別の人が生まれたのでしょう。
私が私個人の努力や意思で
ここに今、生きているわけではない、ということを
この本は、嫌と言うほど教えてくれます。
昔、ある人から、
毎日、車に乗っている人は、
今日も生きてて幸運だったね、
と言われたことがあります。
道路を車で走っていて、
対向車線の車がこっち側へ突っ込んできたら、
絶対絶命、逃れようがない事故死!
でも、これまでの人生で
一度も、対向車線の車がはみ出し
私の車と激突しなかったのは、
本当に偶然、
偶然の幸福、
今も、「小倉の幸福」という言葉が
あるそうですが、
膨大な偶然の中で、生かされている私を思うと、
また、私の小さな振る舞いのひとつひとつが
バタフライエフェクトのように、
どこかの誰かの幸不幸に影響を与えているのかも、
とも思い巡らせました。
全てが偶然に支配されているという
最初、一見ペシミスティックな本かと思いきや、
最後の章で、
第13章 私たちのすることのいっさいが大切な理由
を読み、涙がとまりませんでした。
久しぶりに、良い本と出合えました。
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