人間をパーツに分け、細胞に分け、
ドンドン分解していくと、
最終的には酸素、炭素、水素、窒素などに
分かれます。
でもその構成元素を全て集めてきたら
人間が生まれるかと言えば、
もちろんそんなことはありません。
福岡伸一さんが書かれた
『世界は分けてもわからない』
とても興味深い本ですが、
そのなかに、
「顕微鏡をのぞいても、生命の本質はみえてこない」
と書かれています。
河合隼雄さんも同じことを言っています。
人体を分けて、分けて、元素にして
それを集めて再生しようとしても
命は生まれない、
分けた時に抜け落ちるものが「たましい」かもしれない、と
書かれています(どの本だったか、すぐ出てこない・・・)
私は誰かをサポートする時、
その人の構成要素を
あまり見ないよう気をつけています。
どんな境遇、どんな家族、どんな仕事、
それらは、分解して考えたとたん、
命を失う、ただの部品にしかすぎない、と
自分に言い聞かせています。
短気な性格だとか、
自分に自信がなく引っ込み思案だとか、
あまり勉強ができないとかでさえ、
それらは、同じようにパーツです。
問題はそんなパーツではなく、
なぜ、その人はサポートを求めているのか、
なぜ、その人は私の前にいるのか、
その人が欲しいと思っているものは何か、
もちろん、物質的なものだけじゃなく、
何をしたいと思っているのか、
どんな状態になりたいと思っているのか、
本人が言語化できない場合も、
この「思い」を掴む必要があります。
パーツは楽器だ、
と私の師匠が言ったことがあります。
その人の容姿も、性格も、
健康状態も、生まれ落ちた家庭環境も、
それらはすべて、楽器のようなものだ、と。
問題は楽器をどうにか変えることじゃなく、
その楽器を使って、その人が
どんな演奏をしたいのか、
どれほど納得のいく演奏ができるかどうか、
そこには、その人の「思い」がある、
それこそが「その人の命」であり、
私たちが耳をすますべき一点だ、と。
ずっと、その言葉の意味を考えてきて、
なるほど、
それぞれの楽器ではなく
楽器を使い演奏する人の「思い」に
目を向けたとき初めて、
どんな人でも平等になれるのだ、と分かる気がしました。
「あなたはどうしたいの?」
何度でも問い続ける必要があります。
今はまだ、言葉にならなくても、
「本当はあなたは、どうしたいんですか?」
と、問い続ける人でありたいと、改めて思いました。
問い続けることは、
あなたの中から答えが出てくることを
信じ続けることに繋がります。
とても抽象的な話になりましたが、
最近、私が腑に落ちたことだったので、
一生懸命、言葉にしてみました。
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