あの人は、〇〇な人だ、
という思い、
誰にでもあると思います。
私がこう言うと
きっと、こう言い返すにちがいない、
もしくは、きっとこう思うにちがいない。
だから言うのはやめよう・・・
と、様々な言葉を飲み込んで、
私たちは、その人と対話をしなくなります。
でもココロの中にモヤモヤが残ったまま、
そういうケース、
あなたにもありませんか?
私たちは本当に多くのことを知りません。
世の中のこともそうだけれど、
相手のことも、
本当は、知らないことだらけです。
多くの場合、
人は相手を、自分との関係性の中から
しかも、ほんの1面しか見ていません。
大昔、仕事上の大先輩に
相談したことがあります。
どうしても自分のチームの中に
許せないほど嫌な人がいて、
この感情をどう処理したらいいのでしょうか、と。
私は、その嫌な人の考えかたや
やってきた行動を大先輩に愚痴りました。
その嫌な人のことを
大先輩にもわかって欲しい、
そして私に共感して欲しかったのだと思います。
しかし、黙ってずっと聴いてくれた先輩は、
にっこり笑って、こう言いました。
「その方の嫌な面しか
見せてもらえない自分なんだ
とは、思いませんか?」
私は返す言葉がありませんでした。
何十年もたった今でも、
その言葉はよく覚えています。
衝撃でした。
私が感じた嫌な人には、
友達もいたし、お子さんもいた、
彼らに、その方は
自分のどんな顔を見せていたのでしょう、
少なくとも、私に見せた一面以外に
その方には、たくさんたくさんの
「顔」があったにちがいない、
そんなことは少し考えたら分かることなのに、
私たちは、いつも早わかりして、
しかもそれを真実だと
思い込む習性があります。
私たちは、
本当に何もわかっていない、
まだ、何も知らない、
だから、聴く必要があるのです。
気分が悪かったら、
私は今、こんなふうに感じたんだけど、
あなたは、どんな意味でそう言ったの?
と、聴いてみませんか?
この時に、
相手をもっと知りたいという気持ちで
聴いてみます。
あらかじめこうに決まっているなんていう
思い込みを捨てて、
虚心坦懐、素直に聴いてみるのです。
もしかしたら、そこから、
対話が始まるかもしれません。
対話が始まると、
思いもかけない不思議なことが
たくさん、起こります。
いつも上手くいくとは限らないけれど、
それでも、
温かい信頼感や、相互理解、
理解の上に成り立つエンパシー、
そして親密な関係を築く、
そんな可能性が生まれます。
私はまだ何も知らないんだ、
と、自分に言い聞かせ、
相手の言葉に、
耳を傾け続けたいものです。
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