「感情経験の共有と、組織の柔軟性の関係」について
2026年8月、東京科学大学の研究です。
職場で経験した感情を共有することと、
その組織が状況に応じて柔軟に変化できることには、
関連があるのか、という研究で、
結論としては、
「感情を共有し合える職場ほど、
柔軟性との関連が見られた」ということでした。
ま、アサーションで教えている「Iメッセージ」ですよね。
「〇〇をしなさい」ではなく
「〇〇をしてくれると嬉しい」
私を主語にして、感情を付け加える。
聞いた方は、命令文で言われるよりも
柔らかく感じたり、
気持ちが伝わったり、
反対の自分の気持ちが言いやすくなったり、も、します。
「いえ、あなたは嬉しいかもしれないけど、
僕は辛い」など。
さて、このIメッセージには、
マイナス感情を使うことがあります。
「〇〇をやってくれないと、困るんです」
「〇〇と言われると、私、ちょっと悲しいんです」
これが結構、言いにくい人が多い。
正誤、良い悪い、優劣をはっきり決めたい人は
自分の感情「悲しい」などとは
言いたくないのです。
なぜでしょうか。
「〇〇という言葉遣いは、適切じゃないです」
と言えば、「いいえ、適切です」とか
つまり、適切かどうかの議論になるかもしれません。
どちらが正しいか、の議論ですね。
そう考えると、
「私はちょっと悲しい」という感情表現は、
もしかしたら、議論を降りる宣言なのかもしれない、
と思ったのです。
どんな素晴らしい理論にも、反論が必ずあります。
でも、「私は悲しい」という言葉への反論はありません。
というか、人の感情は、正しい・間違っているという
議論の対象ではない、ということですね。
あなたの行為を責めると、
それへの反論は、山盛りあるでしょう。
でも、私はこう感じた、というメッセージには
あなたを「責める」は入ってない、
そして、感情に、反論はできない。
つまり、Iメッセージで感情を語るって、
議論のリングから降りることなのかもしれません。
どちらが正しいのか、ではなく、
私はこう感じた、
もしかしたら、あなたはそう感じない、
という全く別の会話になっていく、ということ。
Iメッセ―ジって、最終的に
相手にわかってもらうことすら目的ではなくて、
自分の内側で起きている感情を
ただ、伝えることに意味があるのかもしれません。
「私はすこし悲しかったんだ」
「そうかぁ……」
これだけで、もしも組織が柔軟になってゆくなら、
面白い研究だな、と思えてきました。
あなたは、自分の感情を言葉にして
伝える時に、なにか抵抗感はありますか?
それはどんな、抵抗なのでしょうか?
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